2011年8月の日記:[以前の日記]
 
 
8月31日(水)
 
 
プラッサオンゼにて、EPOライブ


 この夏も、随分EPOさんとは仕事をさせていただいたのだが、それは、東北地方への慰問的なものであったり、あるいは地方の夏祭りイベントのようなものであったり。で、そういう場においては、EPOさんは、最大公約数のお客様に楽しんでいただくことを最重要に考える人であって、レパートリーも、そういうことに最大限配慮されたものとなる。で、この日のプラッサオンゼでのライブ。実に久しぶりの「EPOさん自身が今一番歌いたい歌だけを歌う」ライブだったんである。しかも、最もコアメンバーの渡辺亮君と僕とのトリオ。というワケで、この夜のEPOさんは「動物」と化していた。凄かったねえ。こういう時間を一緒に演奏して過ごすことが出来るのは、本当にシアワセ。お客さんも、是非、そういうことをいろいろ読んで、凄いもんに遭遇する「技術」磨いてください。
1315098962.jpeg ギターのヒトは、レプリカです。

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8月30日(火)
 
 
9/11日経ホール「二人のルーツショー」畠山美由紀さんの部のリハ。

このコンサート、「私はこんな音楽を聞いて育ちました」というレパートリーを、畠山さんとアンサリーさんがそれぞれ出してきて、それらのレパートリーで構成するショーなのだが、一人の人が聞いてきた音楽というのは、そら、いろいろあるワケで、フタを開けてみると、歌謡曲からジャズ、ポップス、ソウルまで、余りにも「何でもあり」なのであった。バンドメンバーは、例によって織原良次ベース、黒川紗恵子クラリネットのトリオ。この編成で「あらゆる音楽」をやる、というのは、一種、苦行のようなモノでもあるのだが、同時に、なんかドーパミンがドクドク出て来る面白さもある。
今日もあっと驚くようなレパートリーが出てきたが、それは当日のお楽しみ、つうことで。
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8月29日(月)
 
 
学芸大駅近くのオシャレなカフェ「torse」にて、コーコーヤのライブ。

コーコーヤは、ノーマイク生音のライブに向いているように見えるが、実はクラリネットとギターの音量の差が結構激しく、生音のライブは、よっぽどの小スペースで無ければ、なりたたない。で、今回は、小型のモニター用アンプをギター席のうしろに置いて、ピンマイクをギターのサウンドホールに垂らして音を拾って、音量に下駄を履かせる、という方法を試すことに。題して「半生」ライブ。

結論を言えば、大変具合が良かった。結局ミュージシャンが、自分の手の中に音量のバランスを握っていることが、どれ程ミュージシャンにとってやりやすいことか、ということがわかってしまった、の感も。逆に言えば、PAオペレーターというのは、本当に大変な商売なのだなあ、と、改めて思ったり。
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8月28日(日)
 
 
本門寺スローミュージックフェスに、畠山さんバンド(織原君、黒川さん)で出演。

このイベントも3回目だが、一回目=アンサリーさん、2回目=畠山さん&アンサリーさんのゲスト、3回目=畠山さん、と、同じ人としか出ていなかったりする。もちろんそれは嬉しいことであるのだが、同時にこれは、分析を必要とする事態でもある・・・、ということはともかく、今回は、メンバーがメンバーだし、慣れたイベントだし、大変気楽、と思っていたら、結構ステージ上の音作りに苦戦してしまい、「苦渋」の演奏に。

 ところで、終了後、お客様より一足早く本門寺を出て、考え事しながら歩いてて、ふと我に帰ったら、自分がどこにいるかわからんようになってた。行けど行けど、知ってる所に出てこなくて、最後に大きな国道に出てきたので、たまたま来たバスに乗ってみたら、川崎まで連れて行かれた。しょうがないから京急線で横浜に出て、相鉄線で大和まで出て、小田急線で返って来た。このクソ忙しい時に何をやっておるのか。オレ、大丈夫か?
1315098758.jpeg のどかでした。

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8月27日(土)
 
 
「荒吐ロックフェスティバル」出演

仙台駅前からバスにゆられ、南へ。地図で調べたら、もう蔵王に近いあたり?まで来ている。まもなく会場となっている「みちのく公園 エコキャンプみちのく」に到着。今日は、「荒吐ロックフェスティバル」出演である。
ロックフェスのような大規模なイベントには、やっている音楽の性質上、滅多に参加することは無いが、このフェスは、大きな自然公園の森の中に、歩いて10分以上かかるぐらいの間隔でステージがいくつもあって、お客さんはその中を自由に廻る、というしかけ。
最近の若者の好きそうなアーティストが殆ど全員参加しているのではないか、というほどに、見知った名前が、楽屋村のテントの表札にあちこち出ていたが、これが「世代」というものか、メンバースタッフも含めた膨大な人数の参加者の中に、「知り合い」は一人しかいないのであった。確実に「業界内孤立」傾向に至っている模様。まあ、もとからそんなもんやったやろ、という説も。
1315098704.jpeg のどかでした。

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8月26日(金)
 
 

メンバーと離れ、高速バスで仙台に移動。

常磐道から仙台に出るのが最短なのだが、いわきから仙台への道の途中に彼の福島原発があり通行不能。一度中通りの郡山に出てそこから東北道を北上する、というルート。
ホテルチェックイン後「お約束」の牛タンを食し、溜まりに溜まっている「宿題」を片付けているところに、畠山さんとマネージャーのAさん到着。先日、石巻帰りにEPOさん達と行って気に入った居酒屋に皆さんをご案内して、軽く「前日打ち上げ」。
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8月25日(木)
 
 
いわき「Bar Queen」にてCHORO CLUB & MAKOライブ。

この数ヶ月の間に3回目のいわき訪問。そもそもは、いわきでいつもお世話になっているMさんがこの春ブラジルを訪問した時、僕が紹介したMAKOちゃんにお世話になったのだが、ちょうど滞在中に東北の地震が起こり、大変動揺するMさんをMAKOちゃんがサポートして・・・、という「前段階」があっての、今回のライブなのであった。
MAKOちゃんは、ショーロクラブ結成前後からの、メンバー共通の、最も古い友人。最も古い友人ならではの「親密感」みたいなものが、今回のツアー全体を包んでいたカンジで、なかなか「おいしい」取り合わせだったと思う。来年もやりたい。
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8月18日(木)
 
 
畠山美由紀さんで逗子海岸「音霊 OTODAMA SEA STUDIO 2011」に出演

 花火大会と並ぶ夏ならではの「ビーチ仕事」。逗子の海岸に来たのは、かれこれ25年ぶりぐらいだろうか。ビーチと言うと、ついコパカバーナやイパネマなどの、リオの海岸を思い出してしまう。ブラジルではヒマだったので、よくコパカバーナ海岸を端から端まで散歩したもんだった。逗子海岸も、何となくコパに似てる気もしたのだが、イメージが貧困なだけなような気も・・。

 会場の「音霊 OTODAMA SEA STUDIO 2011」は逗子海岸に夏期限定で設営されたライブハウス。最初は、野外のステージかと思っていたのだが、ちゃんと屋根も壁もある「ハウス」だった。どうもトシを取ってくると海岸野外のロケーションの良さよりも、風や砂の鬱陶しさの方が気になってくるので、有り難かった。情けないハナシだけど。

 今回のメンバー、織原良次、黒川紗恵子とのトリオは、今後も冬にかけて、畠山さん関連のいろいろなイベントに登場する予定なのだが、フットワークの良い、一人一人の個性の発揮出来るユニットである。本日も、ほんの30分程のパフォーマンスだったが、「いい仕事」が出来た、と思う。
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8月17日(水)
 
 

照屋実穂さんのこと、及び、ショーロクラブにとって結成時以来の友人、ブラジルで活躍中のMAKOちゃんとのコラボ3連チャンのお知らせ。


 照屋実穂さんと19日の恵比寿SWITCHでのライブハウスイベントのため、リハを。照屋さんとは、照屋さんのデビューアルバムをお手伝いして以来、時々お手伝いをしている。ちょっと頻度を上げようとしていて、曲も徐々に増やしているのだが、結構(ちょっと聞いた印象と違って)難しい曲が多く、修行でもある。

 MAKOちゃんについての詳細はこちらでご確認を。→http://www.makobrasil.com/2010/07/mako-cd-algumas-cores-cd-algumas-cores.html
 ライブスケジュールはこちらを。→http://www.choroclub.com/
◆2011年8月22日 (月)「新世界」六本木
◆2011年 8月 24日 (水)「カフェ・ディモンシュ」鎌倉
◆2011年8月25日(木)「Bar Queen」いわき市

 今回のライブでは、普段演奏されることの無い、ポル語の乗っているショーロクラブメンバーの作品他をお聴かせする予定。ジョイスやパウロ・セザル・ピニェイロとの共作、沢田穣治作品でMAKOちゃんがブラジルで歌っているものなど、である。それから、もうひとつの「柱」としては、リオのサンバの長老、故ギリェルミ・ヂ・ブリートの作品を数曲。

 何故ギリェルミ・ヂ・ブリートかと言うと、実はショーロクラブ最初のブラジルレコーディングの時(92年)に、ギリェルミに誘われて、彼の「引退記念ライブ」のゲストを、リオとニテロイにおいて務めさせてもらったことがあるのだ。
 
 引退したはずなのに、いつのまにか現役復帰しているところは、まるでプロレスみたいなのだが、その後、2001年にブラジルにレコーディングで行ったときは、復帰したギリェルミにゲスト参加してもらった。「maritima」というアルバムの最後を飾る曲「cancao para conservatoria」という曲がそれなのだが、本当に素晴らしい出来で、あの音を彼と残せたことは、生涯の思い出である。彼も、音が出来た時に彼の家まで持って行ったら、もう一度聞かせてくれ、もう一度聞かせてくれ、と、10回ぐらいせがまれたという程に、気に入ってくれたのであった。(コンセルバトーリアにある彼の記念館では、この音源がずっと流れていた、という過去情報も。)

 その上、かく言う僕は、ギリェルミ・ヂ・ブリートの、恐らく唯一の外国人の共作者なんである。もう誰もそんなことは知らないだろから、ここにイヤらしくその証拠を提示でしておく。少しは恐れ入ってください。
http://musicariabrasil.blogspot.com/2011/05/05-anos-sem-guilherme-de-brito_07.html
↑真ん中へんの「FOLHAS SECAS」というアルバムの曲目10曲目。
↓音サンプルはこちら。
http://itunes.apple.com/jp/album/folhas-secas/id263788119
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8月16日(火)
 
 
忘備録。

 気がつけばもう18日。暑い暑いと言っているうちに、夏もオワリに近づいてきました。最近、ヒジョーに忙しくて、とてもダイアリーを書いていられません。忘備録風に、ここ数日のことを。

13日→久しぶりにNUU、夏秋文彦さんとリハ。NUUと音を出すのは去年の春以来。ライブは、2年ぶりぐらいかも。「相変わらず」としか言いようのない、相変わらずの様子。赤ちゃんも1歳になって、いよいよ母親似であることがハッキリしてきた。夏秋さんは信州で無農薬農法に取り組んでおられ、いろいろ興味深いお話しを伺う。夏秋さんの仙人ぶり、磨きかかってます。

14日→井の頭自然文化園にて、NUUライブ。「三時みちのく音楽会」と題する、東北をテーマにしたライブのシリーズ。かつて「つんつんつるんぶ・・」という、いわき出身の草野心平をテーマにしたCDを、このメンバーで(あと、谷川賢作さんも)制作したことがあって、今回は、それの再現と、あとはNUUのオリジナル。
NUUとは、随分久しぶりだったのだが、全然変わってなかった。

16日→畠山美由紀さんと、8月18日の逗子「音霊 OTODAMA SEA STUDIO 2011」、8月28日の「Slow Music Slow LIVE’11 in 池上本門寺」のためのリハ。今回もメンバーは、織原良次君と黒川紗恵子、という、先日「昭和歌謡ナイト」をやった時のメンツ。このメンツ、楽しくて好きです。
1313597489.jpeg ダチョウの足の剥製です、念のため。

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8月12日(金)
 
 
仙台、楽天クリネックススタジアムにて、EPOさんとイベント出演

 野球観戦と言えば、高校生の頃は、よく西宮球場に阪急ブレーブスの試合を見に行ったものであった。「閑古鳥」という言葉がこれほどピッタリする状況は無いと思う程に殺伐とした雰囲気の中、それでも選手達は頑張っていたのである。ともかくパ・リーグは、世間から不当に迫害されていた。
 
 久しぶりに訪れたパ・リーグの試合。球場は、老若男女が試合前から楽しめる華やかな場所に変貌していた。色とりどりの屋台や、子供が遊べる大きな砂場、そして我々の出演したようなアトラクションまで。そして広い球場いっぱいに詰めかけたお客さん。古いパ・リーグファンとしては、今昔の感に堪えない。アトラクション終了後、バックネット裏一番上の、多分一番いいボックス席に案内していただいたのだが、いや〜、楽しかった。

  ちなみに、最後にプロ野球を見に行ったのは、キオクによれば、多分90年代のアタマ頃。神宮球場のヤクルト戦だった。一塁側ダグアウトの上で、今やショーロ界の重鎮であるギタリスト、マウリシオ・カヒーリョが、ハッピを羽織って、応援団と一緒に東京音頭を踊り狂っていたような、淡いキオクが。
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8月11日(木)
 
 

「港・けせんぬま復活祭」オープニングセレモニーで歌う畠山美由紀さんの伴奏。

 港に面した魚市場の屋上にて執り行われた、黙祷、市長挨拶、献花と若干の歌だけの、大変シンプルなセレモニー。漁業で成り立つ気仙沼は、まだまだ「稼働状態」とは言い難い状況だが、カツオの水揚げも始まっており、「ともかく先に進まなければ」との思いの滲む「復活祭」だったように思う。

畠山さんは「気仙沼観光大使」でもあるので、来賓の一人として献花を済ませ、しかるのちに、傷ついた故郷にささげる詩の朗読と、オリジナルを1曲。次いで地元の歌手、熊谷育美さんが1曲。最後に市民の合唱団を含めた全員で「ふるさと」を歌い、式典終了。

 津波当時は、この魚市場も屋上近くまで海が迫り、燃えるタンクの衝突にもおびえる一瞬があったそうだ。今は建物自体は復旧しているが、地盤沈下のせいで、海水が、岸壁を越えて建物にまで迫っている。入江を囲むような地形のこの街は、本来、山と海と空と街が程よく調和したとても美しいたたずまいを持った所だっただろうと、想像できる。少しでも早く「平常運転」に戻ってほしい。
 
 終了後、DNAの存在を確信させるキャラをお持ちの、畠山さんのお父様に一関まで送っていただき、新幹線に。更にメンバーと別れ、僕一人、牛タンの待つ仙台にて下車。
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8月9日(火)
 
 
MAKO+CHORO CLUBリハ。気仙沼に移動。

 あまりにもスケジュールが合わないので、ついにSkypeでリハをすることに。やってみた感想=やっぱり時差があります。なので、同時に演奏は不可。ただ、お互いに音を見せ合えるので、アレンジや演奏の雰囲気の確認は出来ます。なので、「一回目」のリハならば、有効な使い方も出来るかも。実際の息合わせは不可でした。久しぶりの会う(つうか、会ってないんだけど)MAKOちゃんは元気そうでしたが、目が赤かった。大丈夫だろうか。
 で、そのあと、東京駅へ。明日の「けせんぬま復活祭」の前乗り。新幹線の時間まで、ひとり黙々と東京駅地下の飲み屋で飲み、黙々と新幹線に乗り、一関で黙々と大船渡線に乗り換え。全く知らない所を通って、9時過ぎに気仙沼到着。
 気仙沼で、畠山さんと同窓生達の飲み会に合流。港近くの、真っ暗な、ボロボロに被災した一角の居酒屋さんだったが、中に入れば満員の盛況。同窓生の皆さんも、家を流されたり、大きな被害に遭われている人達ばかりなのに、ともかく頑張っておられるカンジ。僕に出来ることは、ともかく、明日の演奏、ちゃんとすること。
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8月7日(日)
 
 
京丹後市にて、夏祭りイベント出演

 京都から福知山線に乗って福知山へ。更に車に揺られ、丹後半島の付け根の中央部にある京丹後市峰山まで1時間15分。遠かったなぁ。兵庫県と言っても神戸生まれの僕にとっては日本海側は、全くの別天地。ましてや隣の京都府に属する丹後半島は、それどこ?という程にご縁の無い場所なんだけど、その街並みは、何だか懐かしさを感じるものでした。こういう所で、ゆっくり暮らせたらいいなあ、と、ちょっと思ったりして。
 
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8月6日(土)
 
 
葉山スターホームのイベントにEPOさんと出演。

 EPOさんの地元、ということで、サウンドチェックのあとの長い時間を、EPOさん宅で過ごさせていただいた。知っている人は知っていることだけど、EPOさん宅という場所は、あらゆる酒と美味しいものが出て来る場所であり、それは仕事の前であろうと変わらない。気づけば目の前にはビールが、ワインが・・。

 美味しいパスタまでご馳走になり、「終わった」状態で本番を迎えたのだが、それでもちゃんと演奏出来た。さすが、プロである。

 演奏後、宮川さん運転の車で新横浜へ、そのまま新幹線に乗って京都へ。今年も「ご無体移動」のシーズンがやってきた。それにしても新横浜でまた飲み、更に京都は堀川通りでまた飲み、いったどれだけ飲めば気が済むのか、この3人。
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8月4日(木)
 
 
河井英里さん3周年追悼コンサート、choro club feat Senooで。

 河井さんとは、AEIAのサントラを通じてのおつきあい。とは言え、ARIAのサントラの制作においては、ショーロクラブ+妹尾武チームと河井さんのレコーディングとは「別枠」だったので、一緒にスタジオに入った覚えは無い。

 ご存知?のように、僕はノーミソに若干問題があって、それは、ギターをあらゆる場所に忘れて来る、ということ以外に、人の顔が覚えられない、という形となって現れる。河井さんとは、ARIAの仕事以前に既にお会いしていたようなのだが、全くそれについてのキオクが無く、更にARIAの制作が始まってからもお会いする度に、都合数度にわたって「あ、初めまして」と挨拶をしてしまうのであった。最後の方になって、「もう×回目ですよ」と、指摘していただき、大変恐れ多いことであったが、流石に亡くなる前の最後のイベントの時には、今度是非一緒にライブをやりましょう、というハナシまで出来ていたのだったが。
 
 ライブの進行に従って、河井さんの残された歌や楽曲の演奏をいろいろ聞かせていただいたのだが、素晴らしいアーティストであると同時に、多岐にわたった活動をされていたことを、改めて知ることが出来た。河井さんご自身の素晴らしさを感じると同時に、「音楽家として長年活動をすることで残るものの豊かさ」についても、感じるところがあった。いずれは忘れ去られていくのは「音楽」の宿命だけど、亡くなっても、なおしばらくの間、人の心になにかを響かせることが出来る、というのは、悪いショーバイではないな、と、ちと思った次第。
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8月3日(水)
 
 
EPOさんと、アルプス電機の夏祭りイベント出演。

 数年前にアルプス電機の夏祭りイベントでアルプス電機の本拠地である相馬の工場に呼んでいただいたことがあった。相馬はその後、ご承知のとおりの状況で、今年は無理、ということだったのだが、操業を始めた小名浜の工場で、改めてやることとなり、参加させていただくことに。
 小名浜の工場も同様に被災したはずなのだが、随分がんばっておられるご様子。被災地でこういうイベントを催すのは、大変かもしれないけど、このイベントには、ある種の「心意気」を感じたのであった。
1312652845.jpeg 渾身のアブラモノwith炭水化物ご接待。ごちそうさまでした。もう食えません。

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